H21.6.16 巡礼
H22.7.31 UP




「三仏生」集落の「百塚」よりタンボ道を突っ切り、「高梨」集落外れまで近道をして行きました。

その後は、一直線に近い車道をテクテク・・・
道沿いの小汚い溜め池には、錦鯉がヒマそうに泳いでいます。
カーブを曲がった坂道の頂上付近に、少し広い場所が有ったので木陰の道端で一休み。
「ヨッコラショ・・」と地面に腰を下ろしたら、目前の草藪に祠が有りました。
ほほおぉぉ・・一応、道が分かれて三叉路にはなっているが、ここは昔の峠道だったんだろおか?



場所的には、ちょうど石仏が有っても良さそうな高台の頂上付近で有り、σ(*_*)のような旅人も休みたいなぁ・・と思う箇所です。
茶店か自販機が有っても、ええんでねえかなぁ。
祠へ行く道筋を目で探しましたがわからず、また草も茂っていたので、わざわざ確かめに行きまへんでした。
一休みした後、出発して最初のカーブを曲がると、今まで木に囲まれて狭い空間で薄暗かったのが、一変して明るく見渡す限り広々とした田畑の台地が表れました。
おぉぉ・・スゲェ〜・・日本もまだ広いなぁ!!と思わず感動しちまった。


広大な畑地を突っ切る道を、テクテク・・・
「池津」集落の「真福寺」に着き、門前の石碑の中に「地蔵さんの道祖神?」が有ります。
普通、道祖神は男女の二体なのですが、地蔵さん同士の道祖神ちゅうのは珍しいでんなぁ。
「坊さんと尼さん」の道祖神なんじゃろか?




山門の中には色付きの仁王さんが、ガンバッテおり、頭から紙で作った角のような物まで刺してます。
境内に三十三観音の石仏が有り、この寺の由緒書きも石碑に書いてあり、「池津」の地名になった云われとなる池が、どうのこうの・・と書いてありますが、サラッと境内を見渡しても、どこに池が有るのか、よぉ〜わからんかった。


山門や観音堂には、言っちゃあぁ失礼ですが田舎にしては、けっこう凝った彫刻がして有り、観音堂の菊の透かし彫りなんかは、すごい出来だと思う。

堂内に入ると天井絵まであり・・・ここは芸術的な寺でんなぁ。
堂内の戸は全て開かれており、風が入るので尺八を少し吹きづらかったが、この寺の御詠歌「風かおる 池津の寺に 来てみれば・・」という感じそのもので、風は涼しく、落ち着いて三曲吹きました。
12時前でしたが早めの昼食にする事にして、堂の階段の所でコンビニで買って来たオニギリを食べました。


ちなみに「三仏生」からここまで、及びここから長岡へ行くまでの間、途中には店がありまへん。
出発して寺前の旧道を行くか、少し離れた車道を歩こうかと迷いましたが、車道を歩いてみました。

そしたら、あぁたぁ・・少し歩くと「池津観音様 出現池」と書いた看板が有るではありまへんか。
境内の石碑に書いてあった、云われの池とは、この事なのかぁ。
しっかぁしぃ・・肝心の池は、どこ?
見渡すと近くに、いかにも霊験を指し示すが如く、神々しくも心が洗われるような清涼とした池・・・とは、正直者のσ(*_*)には絶対に、どうしてもお世辞にも言えず、だれがどう見ても「小汚い防火用水池」と説明した方が納得するような小さい池が有りました。


まさかこの小汚い池が?・・と疑いながら池の側へ行くと「大同元年7月17日 正観世音出現の池」とデカデカと書いてある石碑が有るじゃありませんかぁ。
この石碑が無かったら信じきれず、やっぱり「防火用水」だったのか・・と思ったろおなぁ。

大同元年(806年)といえば、弘法大師様が中国から帰って来た年で、ずいぶん歴史が有るんですねぇ。
しかも月日まで、はっきりわかっているなんて・・。
たいてい、こおいうタグイの伝説は「昔、むかし・・」で始まる事が多く、年月日が記載されているのは始めて見た。
「出現池」の看板裏に由緒書きが有ったらしいが、それを知らなかったので帰ってからネットで調べてみると

「村に権兵衛という信仰深いジサマが居たそうな。
ある晩、龍神が権兵衛どんの夢枕に現れ、「池の辺に一寸八分の黄金の観音像が埋もれている。それをおまえに授ける」と告げたそうな。
ほほおぉぉ・・どうりで山門や堂の正面に、龍の彫り物が有ったのかぁ。
権兵衛どんは、早速に池の辺を探し・・おそらく池の中にも飛び込んで探した事でしょうなぁ。
ザルを持って・・・
そんな苦労したかいが有って、とうとう一寸八分の像を見つけたそうな。
人間、何事もあきらめずに信念・執念を持って探せば、小さい物でも見つける事ができるのでしょう。
ジサマは大喜びして、きっと赤飯を炊いて近所の人達にも配り祝った事でしょう。
さらに信心深いジサマは10倍の一尺八寸の像を刻み、黄金像を胎内仏として拝んでたそうです。
そしたら再び龍神様が夢に現れましてのおぅ・・「真観清浄なれば福唐損ならず(この意味を知ってるカシコイ人が居たら教えてね)」と告げて去りましたとさ・・めでたし、めでたし。」

寺を出る時に旧道を歩いていたら、あの看板に気付かず、また池の石碑を見つけていても、読まずに大した事が無いと思って見逃していたかもしれまへん。
これも竜神様と正観音様の思し召しと、お慈悲の賜りと思ひ・・・ナモナモナモ・・ナモナモ・・・・
なお昔は、この池は本当はもっと大きかったらしいですが、バイパス道路で潰されちゃったらしいです・・もったいない事をしたなぁ。

注意
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H23.10.27 亭主 拝 m(_ _)m ハハアァァァ〜・・・